廃墟写真から見た昭和
なんでわざわざ不便な古い車に惹かれるのか、自分でも不思議に思うことがありますが、不便さからくる愛着なのかもしれません。(外見だけじゃなくてね)
私の中で古いクルマというと、だいたい小学校に上がる頃までのものです。思い出せる記憶はそんなに多くありませんが、三角窓から吹き込んでくる涼しい風や、足元を温めるヒーターやエンジンの熱気など、身体でははっきりと覚えており、そこから楽しかった記憶を手繰り寄せることはできます。
最近読んだ本に、70~80年代のスクラップ写真ばかりを集めたものがあります。
写真を見ると、ナンバープレートは地名1文字、分類番号(地名の横に書いてる数字)も1桁。私の幼少期ぐらいに撮られたものが新しいほうの部類です。
http://carandbike.whdcar.com/p/1701/NZrUDPYX1.html
※写真は本の内容とは関係ありません。
全体を通して白黒の写真が大部分を占めています。フロントグリルは錆びて腐り、フロントガラスが割れてなくなった後、そこから生い茂った雑草が顔を出しているようなクルマ達が多く写されています。
敗戦後、ようやく国産車が作られるようになり、幸せの象徴として家庭に入ってきた自動車も、新しい車に乗り換えるために使い捨てされるようになります。
哀れみを誘う外観からは、もっと大事に乗ってやったらまだまだ現役で走れたのに。もったいないなー。感傷だけでもなくて、ここ数年の気が狂ったような値の上がりっぷりを見ても、ホントもったいない。
10年落ちが20年落ちになり、さらに30年、40年と古くなっていくごとに入手困難になっていくんですね。反対に考えれば希少価値が増すということ。